別にこのシリーズをそこまで好きという訳でもないんだが。最新作と、前作の比較で思ったことの備忘追加。例によってだから何、レベルの話でしかないけども、2016年の第7作である’さらば’と、8年後の’返ってきた’で描かれる「幸福感」の種類がかなり違ってきているということ。一般論というより、結局見てる自分自身が何をより幸福感として解釈しているのかという話にすぎないのかもしれない。
さらば≒ハズキルーペ?
’さらば’におけるヒロインは菜々緒。退職目前の鷹山(舘ひろし)の婚約中で、2人は鷹山の退職後ニュージーランドで暮らす準備中。その幸せの絶頂シーンとして夜景の見えるレストランのシャンパングラス片手のデートシーンは舘ひろしでなければ成り立たない。
CMの方が映画の少し後かと思うけど、舘ひろしのパブリックイメージって一般的にはこの感じ。いやいやCOOLS時代のファッションの方が、と仰る向きはたぶんもうそこそこに年配の方。CMの方はより実年齢に近い設定として、パパと娘になっている。
映画の方では幸せの絶頂のシーンとは言っても、この作品の悪役である吉川晃司の登場で早速不穏な空気に一変してしまうのだが。
このシリーズの例に漏れず、銃撃戦の中でのヒロイン菜々緒の死によって実現しない。悲嘆にくれて彼女の棺の前から動けない鷹山を置いて、一人敵陣へと乗り込む相棒大下(柴田恭兵)だが、彼もまた重傷を負う。ようやく追ってきた鷹山に対し、大下は自分の夢は結婚して子供を作り、その子をダンディな刑事に育て上げるという。この相棒2人、どっちかというと大下の鷹山に対する愛着の方がちょっと重め。そして今から子作りで間に合うのか。
結局なんだかんだで横浜南署を定年退職した最後は2人でニュージーランドで探偵事務所を開く、というのが第七作。
シングル・トゥギャザーな’帰ってきた’
そして最新作はこの2人が結局トラブルを起こしてニュージーランドを引き上げて古巣横浜に戻ってくるところから。
懐かしい横浜港をドライブ中、鷹山は謎の女性ステラ・リー(吉瀬美智子)を見かける。姿は全く異なるも、かつて愛していたクラブ歌手夏子の面影を感じとる鷹山。ほどなくして2人の探偵事務所にナツコの娘を名乗る長峰彩夏(土屋太鳳)がまだ見ぬ母親を探してほしいと長崎からハーレーで乗り付けてくる。お互いすれ違いで知らぬままほぼ同時期に夏子と関係を持っていた2人はそれぞれ自分が父親ではないかと色めき立つ。
この映画での一番の幸せシーンは夜空の下、探偵事務所の庭で太鳳ちゃんの手料理(初めて人に作ったと言いながら小洒落たパエリアっぽいごはん)を食べたり踊ったりの場面。結婚制度や血縁としての関係(の可能性も多少なくはない設定にしても)でもなくそれぞれ個人が集まって、レストランでもクラブでもないプライベートなスペースで居心地よく過ごしている、これぞチル、というやつ。そのシーンでバックに流す音楽も、たぶん合わせてダンスしていた曲とは別であろうスローテンポな曲を差し替えてまるで未来からこの瞬間を回想しているかのよう。
結局夏子ことステラ・リーも銃撃戦の中落命し、太鳳ちゃんは風のようにハーレーで長崎へと帰っていく。
徹頭徹尾あぶなかったカオル。
前回の記事ではあえて触れなかった薫(浅野温子)さん、全作品を通じてひたすらヤバい。正直主人公二人よりもむしろいろんな意味であぶない人物。そして彼女のこの現実離れしたキャラ設定が暴れてることが、「あぶない刑事」を「あぶない刑事」たらしめているんだよなぁ。
だって、このシーリーズの作品見て、なんであれ最後にしんみりなんかしたくないもん。
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