ままならない状況に鬱屈を抱えて日々を過ごす人物を書かせたら他にいないのでは。などとと言い切れるほど小説を多く読んでもいないのだけど、この作家の作品を読む度に思う。
ただ今回の主人公は鬱屈から抜けたその先の人。
読み始めてまず井上馨と伊藤博文の会話からスタートして数ページも進まないうちに名前ばかりがたくさん出てすっかり混乱。いったん最初に戻って出てきた登場人物の氏名を逐一書き出しながら読み進めることになったのは、たぶん自分が明治政府とか建築史とかに疎いせい。
もちろん主人公である妻木頼黄(よりなが)についてもまったく知識がなかった。この建築家について彼自身を語り手にするのではなく、松永万長(つむなが)、鎗田作造、小林金平、沼尻政太郎、武田五一、矢橋賢吉、大熊喜邦といった人物たちからの視点で描くのだけど、恥ずかしながらどの名前にも同様に事前の知識なし。ちらちらと見え隠れするように出てくる辰野金吾くらいはさすがに聞き覚えはあったけど、ちなみにこの作中ではあまりよい感じには描かれてはいない。
父の早逝で3歳で旗本を継ぐも、御一新から17歳にして家屋敷を売って単身渡米という経歴の主人公の上記の人々の目を通して描かれる雰囲気は寡黙の印象。無口ということでもないのだけれど、周りの人物によってその為人を表現するという手法が何を考えているのか肚の読みにくいキャラクターとして際立たせている。
何よりも好きだった江戸の街並みが都市計画によって破壊されていく鬱屈をどのように昇華した上で、アメリカまたドイツで学んだ建築学をもってどう「再興」させていくのか、その一つの境地が「日本橋」に集約され、そこから国会議事堂建設へと物語はつながっていく。
設計として名前を残すこと以上の思想が、その建築にどう反映するのか。そんな見方で建物を見ることができたら今の東京もまた違った風景として見えるのだろうけど。自分にはかなりの勉強が必要。
コメント