入門宣言【準備学】。

気になる本棚

古館伊知郎「伝えるための準備学」ひろのぶと株式会社

出版物に関しては東京と福岡では時差が出るということを、すっかり失念していた。発売日が福岡滞在中に当たっていたのでこちらで受け取って読むつもりでいたのに、こっちを出る日時までにすんでのところで配送の到着が間に合わず。長いこと東京にいたら常に発売日当日、もしくはややフライング気味に届いちゃったりすることにあまりにも長く慣れすぎていた。

「読みたいことを、書けばいい」以降チェックするようになった田中泰延さん主催のひろのぶと株式会社からアナウンサーの古館伊知郎さんの著作が出るという話を聞きつけて、Amazonで即予約入れたというのに。

そんな事情で前のめりに発行を待ち構えていたにも関わらず想定の約2週間遅れでようやく手にしてからの読了。

今更だけど「話す」ということを自分は何より苦手にしている。だったら「書く」ことは得意なのかと言うと、それも決してそうではない。特に短い文章、コピーライティングの類についてはつくづく才能ないなーと自分でも日々がっかりしている。それでもさらに壊滅的な「話す」能力に比べたらまだ救いがあるかもってことで藁のような能力に縋っているというだけ。

そんな自分からするとアナウンサーなんて常に他人の注目を浴びながら瞬時に適切な言葉を次から次に繰り出すなどという芸当をやってのける職業の人なんて、それ天賦の才能でなくてなんなのかとしか思えない。

でも表紙を開いた時点で「瞬間は、準備によってつくられる。」という記載に、静かに自分の思い違いを糺される。

確かに古館氏は元々話すことを得意としてアナウンサーを志すけれど、好きとか得意というだけで成り立つような職能であるはずがない。新人時代の自らの生業を古館氏は「職業・準備家」と表現し、その姿勢は今も変わらないという。

瞬時に適切なインパクトある言葉を選んで表現していくというスキルは、当たり前だけど日々の準備という作業抜きには成り立たない。すっきりとデザインされたカバー表紙を外した本体の表裏を埋め尽くす古館氏のF1実況に臨むにあたっての鬼のような一面の手書きメモからも「準備」の凄まじさに圧倒される。

このF1実況について、古館氏はかなり手痛い経験をすることになる。「F1に詳しくない古館さんだからこそF1視聴者の裾野を広げる役割として」というオファーながら、多忙の中で本人としては準備を重ねたつもりが、スタートするやいなやの接触事故で頭が真っ白となって言葉が出てこずに散々な結果になってしまった。

敗因として古館氏は自身がこれまでのプロレス実況で確率したやり方をそのままF1という全く違うジャンルに持ち込もうとしてしまったこと、そしてやはり圧倒的に準備不足であったとしてモータースポーツの基本から勉強し直して翌年の挽回へと向かう。

自分を傷つけるということは自分を磨くということ、失敗を含めて成功への準備であって、タイパ・コスパという概念とはあまり相容れないものと書きながら、それでも本番であっさり準備してきたものを捨てる覚悟についても「パワポ(準備)の奴隷になるな」「本番では本番の神様に従う」ことも大事だと言う。徹頭徹尾職人としてのアナウンサー/キャスターなのだということがよくわかる。

引き換え自分に圧倒的に足りてないのがこの「準備」とそれに対する姿勢だったんだと還暦間際になっていまさらだけど。コドモの頃から忘れ物の多い人生であったことだよ。

もうひとつ個人的にツボに入ったのが「沈殿系」。教養をひけらかすでもなく知ったかぶるでもなく、ふとした時に含蓄のある言葉を発する「味わいのある」人を指すのだが、古館氏自身はこれに憧れながらも、沈殿する前に口に出してしまうのが性であって、ただただこのタイプには嫉妬しかない、と。そんな古館氏がせめて沈殿系を目指す所作として、さまざまな知識をインプットすることで古館氏の核を作っているという。

自分的には「話す」ことについてはうまくなれなくてもせめて自分の意図していることの最低限を伝えられる程度になれればと思うくらいだけれど、準備する姿勢については時々は読み返して弛まず腐らず怠けず努力しよう、と思う。

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