とりあえず「あすけん」の食事記録1週間続けてみた結果。塩分と脂質はとにかく意識的に控えて控えすぎにはならない、蛋白質のことは敢えて考えなくてもよし、主食はむしろまだ取っていいし、乳製品と果物も少しは使え、くらいな。別にアプリを使わずともそんなに予想外の事は何もないけれど、精度はともかく実際検証してみたことに意義がある、ということで自分なりには納得。
食事見直しの流れで献立にもちょっとした縛りを入れてみるのも面白くなって、毎週金曜日は魚の日にしている。四旬節だし小斎だし。でも今日は祝日だからと朝の野菜炒めにベーコンの残りの入れ端を使いきってしまう。そもそもカレンダーの「祝日」と小斎が休みの「祭日」は別モノなのでは?という辺りのことはもう深く考えないことに。規則として捉えること自体がそもそもの小斎の趣旨と違うし。
ところで今日に限ってのことではないけれど、朝ガスコンロの網の上で食パンを炙るとき、いつでもTMGEの「世界の終わり」が頭の中で流れてくる。そしてこの曲を聴くときなんでか同時にレイモンド・ブリッグズ「風が吹くとき」(1982)も思い出してしまう。たぶん両者になんら関係はない、と思う。
一部界隈では宇宙元旦とか呼ばれる日の朝に。今の世界情勢の状況だとついつい不穏な連想につながりかねない歌詞や物語をわざわざ思い浮かべているのもなんだけど、だからといって本人的には1㎜も悲観的あるいは絶望的な気分のかけらもなく坦坦としたもの。常に世界というものは、ほとんどのことがレイヤー状に何かが終わってはまた始まっているという、ただそれだけのことでしかなさそうで。
焼き網の上のパンにスライスを載せると同時に、昨日の夜から鍋の水につけておいた金時豆にも火を入れる。沸騰してきたところであーぶくたったー煮えたったーなどと間抜けた声で口ずさみつつ灰汁を救って見たりで何の世界観でも感傷でもない。さすがに核絡みの事態だけは免れますようにとだけ。
実母が豆を煮ていた記憶はほとんどないけれど、義母は折につけ練り物でも豆でも大量に煮ている人だった。夫をはじめ彼女の息子たちはそんなにが好きでもなさそうだったけど。
東京は今日は雨のち曇り、最高気温11℃。こちらののどかな天気に比べるとまだ少し寒そう。施設の義母も、豆が特に好きでもない夫も、そしてチバユウスケのファンだった次男も、今日の休日を恙なく過ごしていますよう。


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