若いうちにやり損ねたと悔やむことの一つに「バックパッカー」がある。30代から40代、コドモが自立した日にはなんもかんも放り出して50代にしてバガボンドと洒落込みたい、などと嘯いていた時期もあった。
実際にはそうはならないまま、今、50代の終焉に立っている。いつの間にか紀行文というジャンルの本も最近ではほとんど手に取らなくなっていた。
旅人という存在に一方ならぬ憧れはあっても、たぶん自分はそうではない、その役回りには生まれついていないということは、いつしかなんとなく気づいてはいた。あちこちこまめに旅行する人たちの話やブログなんかを耳や目にして「なぜ自分はそうじゃないのだろう?」と胸がチクリとすることも、最近になるとなくなってしまった。
そうなってしまった後で田所さんの文章に出会って。旅をするべく生まれてきた人というのはつまりこういう人なのだ。
旅といっても水産系商社に勤務する田所さんが仕事として世界のあらゆる場所へと出張するその記録あって、普通の人では経験できないような冒険譚、とかいう話ではまったくない。けれどもその場所での人との出会いは田所さんの人柄だから、ということに尽きるのであって、別の人が出かけて行っても必ずしも同じ景色や表情を切り取ることはできないだろう。
人たらしという言葉はたぶん当てはまらない。とにかくその土地の空気や人に対して素峙しているとでも言ったらいいのだろうか。溶け込もうとする作為も何もないからこそ、相手も田所さんに対して気負いのない表情を見せてくるような。
こういうのって一番単純なようでいて、でも誰にでもできることではない気がする。特に自分のようなタイプには難しく、読み手としても素直な気持ちで、旅する星の下の人ってこうなんだろうなと納得。

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