「光る君へ」最終回。最終回と知ってもうそんな時期だっけ?と驚く。主人公が都合よく歴史的場面に立ち会いすぎだったりとか、また主人公が女性の大河にありがちな当て馬キャラのお約束のような死であったりとかはご愛敬、というかそういうジャンルの作品だからと受け流すのが正しい楽しみ方。途中何回分かを溜めて観たりして、そこまでの熱量でもなかったし放送終了ロスも特にないけれど、なんだかんだ途中離脱させないだけの吸引力はある作品だった。年老いた清少納言と紫式部が互いの功績を縁側?で称え合っている場面とか、そんな世界線いいと思う。今年もありがとうNHK。
さて、髪が伸びて手に負えなくなって美容院に予約入れたその当日の朝、なぜか急にいつもより髪が勝手にうまい事まとまってて切りに行くのまだ先でもよかったんじゃないかって思ってしまう現象には何か名前はないのか。調布で行きつけの店の空きと自分の都合がいよいよ合わなくなり、9月の歯医者に続いてとうとう美容院も福岡で。新宿で四半世紀足らず、調布で10年弱ゆるゆると張ってきた根をばりばり引き抜き引きはがしていく感覚。
離れる場所についてそれなりの愛着はそれなりに。でも地元に戻って今後一生この場所にいるのか、というとそれは全くの未知数。
以前自分の辞書に「一生ついていきます」というセリフはないなと思ったのだけど、それに似た感覚の言葉に「終の棲家」というのがある。結果的にある場所が「終の棲家」となることはあっても、特定の場所を自ら「終の棲家」と決めて暮らすという心境がまったく想像つかない。
定年までここで勤めようと考えたことは一度もなかったし、結婚で死ぬまで添い遂げるという発想も頭になかった。人、土地、コミュニティ、組織のいずれに対しても、ロイヤリティというやつが基本的に希薄な体質だと思う。
だからといってローリングストーン系ではないから結果的にそこそこ長いこと同じ会社に勤めてきた方だと思うし、来月から言ってみれば完全別居になるとはいえ戸籍としては婚姻関係継続のまま。
昔のTVドラマ「探偵物語」で主人公工藤ちゃん(松田優作)が警察とギャングの両方に追われているのを見て見ぬふりですり抜けさせてくれる街の人の在り様に対して工藤ちゃん自身の「関わり合いになりたくないんじゃないですかね。この街が好きなくせに、この街の人間になろうとしないんですよみんな。(この街が好きかと聞かれ)3年も住んでるしこの街の方が僕を気に入っているみたい」と語る台詞がある。工藤ちゃん側とて永久にその街との蜜月を意志的に継続しようとしているわけでもなさげで、彼自身も一定ライン以上は「関わり合いになりたくない」し、「この街の人間になろうとしない」一人なのだろう。
そんな工藤ちゃんに肖ろうとしているワケでもないんだけど(パーマを強くかけたのでヘアスタイルだけは今ちょっと肖ってる)、そのくらいの温度感、距離感が、自分にとっても理想かな、などと今日も益体もないこと考えてた2024年の暮れ。
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