猿若祭、もう十三回忌にもなるらしい勘三郎丈。

遊びをせんとや

今月も昼の部のみ。

新版歌祭文(しんばんうたざいもん)野崎村

鶴松くんのお光が主役。割とよくかかる演目なので七之助のお光と、もう一回くらい別の配役で見たことがある。前半の婚礼前にはしゃいでいる田舎娘のお光は鶴松くんのかわいいキャラが際立ってた。

何度見てもお光がかわいそうな話で、病に伏せる母親の介護と家事に明け暮れながらも、久松が奉公先から戻ってきていよいよ婚礼だと浮かれて支度してるところへ、久松を追って油屋のお嬢お染が家まで押しかけてきtてしまうのだ。最初はお染を追い返そうとするお光のイケズっぷりな仕草もとにかくかわいらしい。花嫁の父であり久松にとっては養父でもある久作もお染久松を諄々と諭してお染を油屋へ帰そうとするが、祝言を強行しようとしたところでこの二人は心中するつもりだと悟ったお光は、裏でばっさりと髪を切って尼になってしまう。お染と久松はそれぞれに籠と船とに別れて場を退場して一旦は油屋へと戻るのだけれども。

残ったお光はこの先もお嫁に出ることもなくずっと家でワンオペ介護…という未来を考えると、なんだかなぁ。この後の段は観たことない、というか上演されてないんじゃないかと思うが、お染と久松はこの後結局は甲斐なくそれぞれに死んでしまうんだけど、ともかくなんかの形で幸せでいてお光。

1780年竹本座初演。近松半二。「妹背山」のお三輪といい、庶民な娘に毎回容赦ない。

釣女(つりをんな)

1901年文楽座。明治になってからの河竹黙阿弥作品、というのがちょっと意外。元狂言は「釣針」。

大名が西宮の戎神社へ詣でて妻を得たいと祈願して釣り竿を振ったところ美しい上臈を釣りあげて嫁取り。その首尾に倣って我もと太郎冠者が釣針を振ったところ…と後はお決まりのパターン。太郎冠者が獅童、大名は萬太郎、上臈が新悟、醜女が芝翫。

籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)

1888年東京千歳座初演。三代目河竹新七。明治の作品というのは改めて確認するまで知らなかった。

シネマ歌舞伎にもなっているのに上映日と都合が合わなくて、この演目見るのは初めて。勘九郎の次郎左衛門と七之助の八ツ橋。釣鐘権八が松緑。

佐野から商売で江戸に出てきた顔中に疱瘡痕のある絹商人の次郎左衛門は江戸みやげのつもりで見物に立ち寄った吉原で偶然出くわした八ツ橋の花魁道中に心奪われて、以降江戸に来るたびに吉原通いを重ねる。誰に対しても穏やかで金払いもよい次郎左衛門は上客として扱われ、八ツ橋身請けの話も進んでいたが、八ツ橋の養父権八はこの身請けが今後の金の無心の妨げと八ツ橋の情夫繁山栄之丞(仁左衛門)とともに八ツ橋に次郎左衛門への愛想尽かしを強要する。

商売仲間を呼んだ席での八ツ橋の愛想尽かしを受け、次郎左衛門は面目を失ってしまう。八ツ橋のやりようはあんまりだと、茶屋の主人も同じく御職の花魁九重も心から労りをかけるが、傷心の次郎左衛門は一旦は静かに江戸を後にして佐野に帰る。ところでこの時の商売仲間の一人が片岡亀蔵さんなのだけど、「唐茄子屋」のカエルのあの低音イケボは憎々しいイケズな台詞によく合う。

そして数か月がすぎて、再び吉原に姿を現した次郎左衛門。以前と変わらない穏やかさで、すべてを水に流した上でまた初見の客として改めて八ツ橋を座敷に呼びたいと茶屋の主人に伝える。あらためて八ツ橋と対面した次郎左衛門、次第に様子が変わって持ち込んだ刀でで八ツ橋を斬殺して一言、「籠釣瓶は、切れるなぁ」。

籠釣瓶が刀の名前だったとここで初めて知った次第。

この日は母の友人R子さんと同行。珍しく腰痛になったそうでこの日は洋服でお目見え。長丁場座っていて大丈夫かなと心配したが、この日は調子がよかったよう。七之助の舞台写真がほしかったようだけど残念ながらまだこの日は写真が出ていなかった。

ちなみにこの日自分は着物だったのだけど、朝ばたばたで写真は撮り忘れ。備忘に描いておくと、白にベージュの縦縞の結城紬に黒字に赤と金糸の梅の洒落袋帯、葡萄色の長羽織。

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