
東京新聞の夕刊に連載されているそうなのだが、新聞なるもの自体購読しなくなって久しい。この度書籍にまとめられたとインスタ広告で知ったという、マガジンハウスのような大手で出版する、それなりに著名な人の本をインスタの広告で知ることになるとは。新聞読まず近所に書店もなければそうもなるか。
ベランダー師匠も賃貸物件事情その他からルーマーへと進化していらした。ベランダという場所の、特に夏場とものなれば命の危険という言葉が頭に浮かぶような過酷な環境を考えると自然の流れ。
ところで今回この本のAmazonページの埋め込みがどうしても利かなかったのはなんでだか。
『ボタニカル・ライフ』『自己流園芸ベランダ派』、そしてNHKBSドラマ『植物男子ベランダー』では独身の趣味全振りな園芸を楽しんでいるかのようだったけれどアラ還にして再婚、不妊治療を経て一児の父となり、多々の植物たちの以上に家族の気配も文章の中に濃厚になってくるのだが、同居の家族がいてもいなくても、いとうせいこうさんの植物ライフはとにかく楽しい。植物は場合によってはすくすくと成長したりしなかったりだけど、新生児だったお子さんはたのもしく成長していく。
2025年4月とあるからちょうど1年ほど前。「一匹のアゲハ蝶」というエピソードで、どこからか飛んできたアゲハ蝶がベランダのベンジャミンに止まっているのを見つけ、すかさず子を呼ぶせいこうさん。一昼夜の観察の間にだんだんと弱っていくかの蝶の様子に、命を失うの姿を子供に見せるのだなと思った瞬間、蝶は突然風に乗るようにどこかへと飛び去って行く。
命は奇妙で、自分を次代につなげる者もいれば生まれてすぐに消える者もある。そして絶対に死ぬと思っていたらふらふらと急に動き出すこともある。
一匹の蝶は命のわけのわからなさを俺に、そして子供に見せて去った。
この「命のわけのわからなさ」という一見何でもなさそうな言い回しが、なんだか妙に気持ちに残る。命って、本当によくわからない。なぜ生まれ、そしてなぜ今生きていて、そしてなぜ身罷るのか。考えれば考えるほどわけがわからないのが命というもの。
そして話はまた逸れていくけれど。一応お約束なので「信じます」とは唱えるものの、うちの宗教の「永遠の命」とやらが、実はいまだによくわからないでいる。そもそも永遠であることの意味ってなんだろう、とか。一生かけてもわからないかもしれない。

コメント