生きる意味は棚上げしてとりあえず水を飲む。

日々のぼやき

寿命が延びることになにか意味はあるのか?と書いてしばらくした頃。「自分のための寿命ではなく、より長く人の役に立つための寿命」といったことを藤原直哉先生がYouTubeにて仰ってて。自分の考えの浅はかを反省すると同時にさてこれからの自分が人の役に立てることって何があんのかと。

人としての寿命のことなど神様にお任せしておけばいい分野のこと。そしてその人がただそこにいるということに当人にも周りにも分からないことだとしてもそこに何かの意義があるんだろう知らんけど。と一般論としては常々そんな風には考えるのに。自分がどんなふうに役にたっているっていう自負とか承認とか、ついほしくなってみたりするんだよニンゲンだもの。そうして自分探しとかいう人生迷子になってみたり。迷子であることにもまた何かの意義はあるのかもしれず、それはそれとして周りが揶揄するべきことでもなし。

自分からこのように身を役立てたいという具体的な志願先があってもなくても。使命天命というのは必ずしも自分の意図する形で降ってくるのかというと、むしろ自分の思いもしなかった方向に呼ばれるのが世の常で、そのとき速やかにそれを受け入れられるかどうかの感受性や判断力、メンタル、覚悟といったものの方がよほど大事かもしれない。

考えたところでろくな方針もひらめきも期待できなさそうな話は一旦棚上げ。とりあえずは何となく先々月から取組中(というほど大したこともしていない)のフィジカル分野の自己管理の方の振り返りなど。

アプリ計算上アンダーカロリーは何となくそれなりに作れていそうなのに、その後の体重も体脂肪率も極端に増えはしないけど減りもしないという停滞状態のままで4月は終盤を迎えた。

で、そういえば意識的に水を飲むというのを最近サボり気味だったというのに思い当たって、あらためて1日1.5ℓを心がける。心がけるだけで実際はたぶんそんなには飲めていない。それでもまたほんの少しだけれど数値が下方向へ動き始める。水分が足りてなくて体内が停滞、って実際起きるのね。

ただせっかく下方向に動き始めたところで連休の会食だったりなんだったり。減った分そっくり取り戻してしまい、連休明けてここからまたリセットスタートという状況。

水分補給と言えば肌とか爪とかの保湿については飲む方に比べたら定着化は進んだ感触はある。でもこれも気を抜くとすぐ化粧水から後を忘れて寝てしまったり。

コメント

タイトルとURLをコピーしました